複言語・複文化主義から考えるヨーロッパの移民言語教育政策

発題2「複言語・複文化主義から考えるヨーロッパの移民言語教育政策」
西山教行(京都大学

 この報告では,ヨーロッパにおける成人移民への言語教育政策について,フランスの事例を取り上げる。フランスは複言語主義を国内言語政策の中心課題と考えるが,成人移民への言語教育において,この言語教育政策との関連からどのような施策をとっているのかを明らかにしたい。

 フランスはヨーロッパの中心に位置し,19世紀半ばから移民を受け入れ続けてきた移民大国である。フランスでは,4人に1人は「先祖伝来のフランス人」(Les Français de souche)でないとも言われている。2007年の統計を見ると,総人口6200万人のうち1500万人は出自がフランスにはないとされている。ではこの人々はすべて「移民」だろうか。
 フランスにおける移民の統合問題を協議する統合高等評議会によると,「移民」immigréとは「外国において外国人として生まれ,この資格でフランスに入国し,永続的にフランス領土に居を定めようとする人」であり,これに対して「外国人」étrangerとは「フランス領土内においてフランス国籍を有せず,別の国籍を有するか,一切国籍を有しない(無国籍)人」を指す。移民は,出生地と出生時の国籍という2つの条件に規定されるが,申請あるいは結婚によりフランス国籍を取得し,帰化する移民も少なくない。
 イギリスなどの多文化主義と異なり,フランスは基本的には同化主義を国是としている。同化主義には,他者の社会的文化的属性を否定し,多数派の論理を少数派に強制するとの表象があり,フランスでは確かに植民地主義の時代にフランス語教育を通じた言語同化主義が実践され,植民地人の言語・文化などが否定されてきた。しかし,このような否定的側面の一方で,フランスが現在訴える「共和国統合」のもとに進める同化政策には平等という側面もある。

 フランス同化主義は人間の普遍性に対する信念を内包しており,いかなる差異に基づくものであれ,人間を原則として差別することなく,平等に取り扱うことを主張する。同化主義の理念は肌の色や文化,宗教などによる差別を認めない。同化主義は,移民統合政策においてフランス領土内に居住する子どもについて,6才から16才の子どもであれば,国籍を問うことなく,同一の教育の実施として表明されており,これは1936年8月9日の法律によって規定されている。1936年の法律には,男女や,フランス人や外国人であることを問わず,6才から14才までの子どもについて,義務教育が発生すると明言している。
 しかし1966年以降,このような同化主義に変化が認められるようになってきた。フランス語を話さない移民の子ども向けに「入門クラス」などといった支援教育が導入されることとなり,現在にいたっている。この措置は,移民の子どもをフランス人生徒と同一に扱わないことから,フランス人であろうと,外国人であろうと,就学年齢の子どもを同一に扱うという原理に齟齬をきたし,結果的に少数者の言語・文化的差異を認めることになる。これは,同化主義に対する揺らぎといえよう。

 これに対して,成人移民に対する言語教育は教育行政の対象とならなかった。フランスは1960年代前半まで,アフリカを中心とする世界各地に植民地を領有しており,そこから労働者の移入を行ってきた。なかでも北アフリカアルジェリアからの労働力の移動は,アルジェリアが1889年以来,行政的同化の措置を受け,本国と同一の行政に従っていたことから,フランス国内の労働力の移動と同じ論理に従って理解されており,言語教育という発想そのものが乏しかった。国内労働者であれば,フランス語能力は自明のことと考えられたのである。また,国民教育省は16才までの子どもの教育を管轄していたことから,成人教育に介入せず,所轄官庁が不在だったという行政上の不備もあった。さらに成人移民は低賃金労働者としてフランスに居住していたことから,フランス語能力を求められることが少なかった。
 このような理由から,国や地方自治体は成人移民への教育に関与することなく,かろうじて民間のアソシアシヨン(非営利団体)が移民の言語権のために活動を続けてきた。ここでの言語権とは,移民がフランス語能力を獲得し,フランス社会への統合をはかる権利を意味するもので,移民の母語の維持存続を図るための権利ではない。フランスの言語政策は同化主義を共和国モデルとするため,多文化主義を国是とする社会で語られる言語権と必ずしも同じ意味ではない。移民の出身共同体の言語を保持するという意味での言語権よりも,市民としてのフランス社会への統合に必要な言語能力を優先するのである。
 フランスは1974年以降,つまりオイルショック以降に単純労働者の移入を停止したが,単身労働者による家族の呼び寄せを認めており,これによる移住が増大した。そして1990年代からグローバル化の進展により,フランスはこれまで以上に世界各国から移民を受け入れるようになり,フランス語圏の出身であってもフランス語能力を保持しない女性などが多く流入するようになったのである。
 このような傾向に対してフランス政府は1990年代から施策を講じ,それは2003年より導入された「受け入れ統合契約」として結実していった。これは,政府と移民の間で交わされる移民の社会統合を進めるための契約であり,政府は移民の社会統合に必要なフランス共和国に関する知識,とりわけ非宗教性の原理や男女同権,義務教育などに関する情報提供を行ったり,労働市場への参入を指導する。またフランス語能力が不十分だと判断した場合,移民に対して400時間までのフランス語研修を無償で提供する。移民はこの契約への署名を通じて共和国原理の遵守を表明する。フランス語能力を欠くためにフランス語の研修を求められた移民は,研修の終了時に,『ヨーロッパ言語共通参照枠』の共通参照レベルのA1.1のレベルの「フランス語入門免状」の取得が求められる。この資格は2年目の滞在許可に連動しており,この資格を持たない場合,滞在許可証の交付が認められないことがある。ちなみに,A1.1のレベルとは,A1の下位に位置づけられるレベルで,口頭能力でのサバイバルレベルと考えられている。就学経験の全くない移民や,ごくわずか就学経験を持つのみの移民であっても,フランス語研修を受講すれば到達可能なレベルとなっている。
 移民統合政策は2007年の法律によってさらに厳格化し,家族呼び寄せに関する規制がさらに強化された。これまでの家族呼び寄せとは,当初は男性が単身で移住し,その後に配偶者や子どもを呼び寄せるケースであったが,現在の呼び寄せは移民の第二世代に関わる。移民の第二世代の多く,とりわけムスリムはフランス国内で宗教文化を共有する配偶者を見つけないといわれている。彼らは両親の出身国へ一時帰国し,親族や,場合によっては斡旋業者があらかじめ手配しておいた相手と現地で結婚し,配偶者並びにその両親などの親族をフランスに呼び寄せるといわれている。このような新しいタイプの家族呼び寄せはムスリムの共同体に多くみられる。トルコ人移民の場合,そのほぼすべてが一時帰国により結婚をし,フランスに居住するといわれている。この呼び寄せに当たっては,これまでのビザ手続きが踏襲され,移民は正規の手続きに従い,合法的に入国してきた。すなわち,就労移民が家族の呼び寄せを希望する場合,家族はまず一年間の「一時居住者ビザ」を取得し,その後「三年ビザ」に更新し,さらにその後「十年ビザ」を取得していたのである。
 ところが2009年以降,移民統合政策は呼び寄せ条件に関してより厳正になり,フランスに居住し家族を呼び寄せる移民の経済状態や住居環境などの最低条件が提示された。呼び寄せ移民は最低賃金以上の収入を証明し,その居住地域での最低限の居住面積を確保し,一夫一婦婚といったフランスにおける基本的な家族条件を満たしていなければならない。
 この一方で,家族呼び寄せ制度を利用する16才から65才までのフランスへの入国希望者は,ビザの交付に先立つ60日の間に,居住国に展開するフランス文化ネットワークなどでフランス語のテストおよび,非宗教性の原理,男女同権,法治国家,基本的自由など共和国の価値観に関するテストを受ける。結果は1週間以内に在外公館などに通知され,成績が基準を満たす場合,ビザの交付に連動する。成績が不十分である場合,入国希望者は40時間までのフランス語研修と,共和国の価値観に関する半日までの講習を受講する。この講習は無償である。フランス語能力はたとえ最小限のサバイバルレベルであっても,フランスの社会統合に不可欠の要因であるため,入国以前の段階でフランス語能力を問い,言語能力がフランス社会での居住に不可欠であることを入国希望者に周知させるのである。
 さらに2011年には,移民の入国管理並びに統合政策を統括するようになった内務省が,「統合のためのフランス語」に関する省令を発布し,移民へのフランス語政策の枠組みを新設した。この新たな移民統合政策は,移民が習得すべきフランス語の地位を規定し,社会統合に必要なフランス語の知識やさらには共和国原理やその価値観の学習をも含むものである。対象言語の社会言語学的規定だけではなく,教育機関の資格や教員資格をも規定している。「受け入れと統合契約」の成立によって成人移民へのフランス語教育は法制化され,言語教育市場が確立した。しかし,どのような教育機関が成人教育に関与できるのか,その資格や条件は,かならずしもここで取り扱われるフランス語教育の特殊性を考慮に入れたものではなかった。そこで「統合のためのフランス語」は,一定の条件を満たす研修機関に「統合のためのフランス語ラベル」を,またNPO法人には「統合のためのフランス語認証」という認証評価を与えると規定している。さらにこれらの研修機関やNPO法人に務める教員には,大学教育の中で「統合のためのフランス語」オプションを受講することを定め,フランス語教員を養成する大学に対して「統合のためのフランス語」オプションを設置するよう求めている。「統合のためのフランス語」は対象言語から始まり,教育機関,教員資格,教員養成など成人移民教育に必要な制度の全体を設計している。
 このような制度整備に加えて,帰化に際してのフランス語能力も新たに規定された。これまでは「フランス語を習得していること」などとの曖昧な規定であったが, 2012年以降に,帰化あるいは婚姻によってフランス国籍の取得を希望する者は,『ヨーロッパ言語共通参照枠』のB1オーラルのフランス語レベルを証明しなければならない。これは,フランス国民教育省の実施する「フランス語学力資格試験」DELFのB1免状の獲得によるか,「統合のためのフランス語」ラベルを有する研修機関あるいは内務省当局の発行する証明書を提出しなければならない。成人移民研修機関は移民統合政策に正式に編入されたのである。
 「統合のためのフランス語コース」は省令により法的根拠を獲得したとはいえ,内務省は高等教育省との事前協議を行わなずに,事実上,大学行政に介入したことから民主的手続きに瑕疵があるとの批判に加えて,「統合のためのフランス語」という概念そのものが言語教育学の観点からも疑義のあるため,多くの大学人の反発を買い,フランス語教育学を二分する論争となっている。
 さらに帰化にあたり,口頭表現に限るとしながらも,B1レベルが提示されたことについても,この措置が移民への制約になるとの批判もある。しかし,欧州諸国は移民の帰化について『ヨーロッパ言語共通参照枠』の共通参照レベルに基づく言語レベルを定めつつある。ドイツはB1,英国はB1,オランダはA2,デンマークはB2,フィンランドはB1のように,B1レベルが次第に帰化の規範となりつつある。フランス当局は,このレベルを義務教育の修了段階に対応するもので,ホスト国において通常の暮らしを営み,簡単な会話に参加できるレベルであると述べている。
 受け入れ統合契約によってフランスに長期滞在する移民にはA1.1が求められ,帰化の希望者にはB1オーラルのレベルが求められることについて,これはフランスの訴える複言語主義や『ヨーロッパ言語共通参照枠』の理念と乖離しているのではないだろうか。『ヨーロッパ言語共通参照枠』はヨーロッパ域内の市民や学生の移動を促進し,相互理解を促進する道具として設計されたものであり,移民管理の道具として構想されたものではない。ところがこれは移民統合政策において,移民支援の道具というよりは,むしろ移民管理の道具となっている。また移民統合政策が,移民の出身言語を一切顧みないという現状をみると,これは,『ヨーロッパ言語共通参照枠』の訴える複言語主義の理念などに反する政策となっていると判断できる。
 しかし,成人移民へのフランス語教育は,移民の所持するいかなる言語をも奪い取るものではなく,むしろ加算的な多言語主義の原理に従っている。つまりゼロサムゲームのように,新たな言語の獲得はすでに保持している言語を取り除くものではない。「統合としてのフランス語」政策の中に複言語主義への言及がないことは確かであるが,移民の内部には一つないし複数の言語が既に内在化されており,そこに新たにフランス語が追加されることにより,複言語状態が創出されることなる。その点では,消極的な意味ながらも,複言語主義の理念は保持されていると見るべきだろう。

参考文献
西山教行(2010)「共和国統合をめざす受入れ統合契約と移民へのフランス語教育の制度化について」『言語政策』第6号,pp. 1-17.
平出重保(2009),「フランスの移民政策の現状と課題」 『海外調査報告~立法と調査』,No.293, pp. 3-11.
鈴木尊紘(2008)「フランスにおける2007年移民法―フランス語習得義務からDNA鑑定まで ―」,『外国の立法」』,237, pp. 14-35.
鈴木尊紘 (2010),「移民に入国先の共同体理解を求める試み ―フランス及びオーストラリアにおける法と実践を中心に」『レファレンス』, pp. 67-85.
Vicher Anne (coordination) (2011) RÉFÉRENTIEL FLI FRANÇAIS LANGUE D’INTEGRATION http://www.interieur.gouv.fr/sections/a_la_une/toute_l_actualite/immigration/deplacement-cci-paris-prefecture-police-paris/downloadFile/attachedFile_1/FLI_LABEL_V20-1-1.pdf?nocache=1323450986.98