第3回公開国際研究会のご案内 成人移民と受け入れ社会のコミュニケーションと言語教育 ―ヨーロッパと東アジアの比較研究―

日時:2011年3月12日(月)10:00-17:00
場所:京都大学 人間・環境研究科棟地下大会議室(ドイツ語日本語,フランス語日本語通訳あり)

ヨーロッパにおける成人移民の言語的統合:支援か統制か?
ジャン=クロード・ベアコ(パリ第3大学)

 国家による移民の言語教育の実施はヨーロッパでは最近のことであり,曖昧な点がある.つまり,これは新たな来訪者に対する支援なのか,あるいは移民の流入の統制なのかという問題である.まずは移民の言語統合を定義することが重要である.というのも,これは受け入れ国の言語習得の問題に単純化できないためであり,様々な形態を取りうるためである(そのうちの一つは,同一の地位を持つ二言語のレパートリーという形態もある).そのような成人移民に対する言語政策は,人権の尊重や社会的結束性の追求の枠組みに沿ったものでなければならない.成人移民の言語教育は,言語によるコミュニケーションを保証するという最終目的に応えるものであり,これは社会生活,とりわけ職業生活の構成要素となる.だが移民に対する言語教育は,新たな社会空間への何らかの帰属関係をも生み出すものでなければならず,これは既に構築された形態に付け加えられる場合もある.

 これらの原則の具体的な実現は,言語教育工学,すなわち言語教育に対する考え方に関する一般的手法に関わる.これは,学習者集団の特徴づけ,学習者の言語ニーズの特定,活動やその記述について目的を定める(そのために「参照枠」を使う)といったことが含まれている.このような教育には分野横断的な統合が必要である.例えば,少なくともグループ活動において,移民の出身言語の価値を高めるといった領域横断的な次元を統合することが必要である.これは特に,その言語を家族のなかで世代を越えて伝え,またその機能や構造を通じて,文化的・社会的多様性を通じて対象社会をよく理解できるようにし,そしてこのような「発見」に対する学習者の反応を引き出し,新たな発見に対する理解を学習者と共に深めるためである.

 こうした優れた実践に対する基準に対応して,その条件のなかで作成され実施される言語政策こそ,移民のための「正真正銘の」言語政策とみなされることになるだろう.


統合のためのフランス語,統制の道具か,統合の道具か.
ピエール・マルティネス(ソウル国立大学)

 フランス語能力を証明することは今後,帰化申請の必要条件となってくる.こうした「統合のためのフランス語」を評価する教育装置(ラベル,認証)が用意されている.以下に出来る限り客観的と思われるいくつかのデータを議論のために提供したい.だが,これが議論の対象となっており,現在フランスでは,これに関する法律が大きな反響を呼んでいる.

 民法では,フランス語の修得が国籍取得のための必要条件となっている.この修得は,実際のところ,われわれの社会に対する同化の証となる.2010年,約13万人がフランス国籍を取得した.そのうち9万人は帰化の手続きを踏んでいる.2011年6月11日に制定された「移民,統合,国籍に関する法律」には国籍取得に関する新しい条件を盛り込んだ.2012年1月1日から,国籍取得申請者には,フランス語に関して,ヨーロッパで使用されている言語レベルの定める「B1 のオーラル能力」の修得を証明することが義務づけられる.このレベルに達すれば,その国で日常生活を送り,簡単な会話に加わることができる.申請者はディプロムか証明書によってこのレベルにあることを証明することが必要となる.
フランス内務省 受け入れ・統合,市民権局 広報資料より

 移民という現象に直面する政治的・社会的プロジェクトが存在しないために,移民に対する厚顔無恥なまでの搾取(不法越境の斡旋者,悪徳ホテル業者,売春ネットワーク)を招き,悲劇的な状況(地中海での遭難事件や,不衛生な環境での生活)に至る.これについての議論は不毛なものだ.したがって,移民受け入れ政策を,そしてこの政策のなかでのフランス語の地位について考える必要がある.
「統合のためのフランス語は良いだろうが...」(トゥールでの嘆願文より)

 重要な一歩が下された.内務省受け入れ・統合・市民権局は,成人移民の言語養成に関わる部門の組織を認証するためのリストの作成を担当しているが,これに引き続き,「統合のためのフランス語」修士コースのひな形の作成を提案した.特に外国語/第二言語としてのフランス語言語教育学の専門家であり,その管理運営を担う我々は,このようなジャンルの混同に驚かざるを得ない.大学は単なる道具となることを拒否する一方で,教育業界のなかで様々な職業キャリアを築こうと希望している学生に対して提供する教育の質の保証という役割を担うのである.これにより,大学は移民の言語教育の価値を高めることにも貢献することになるのである.
高等教育・研究省への公開書簡(多くの署名あり)


『言語・文化に関する多元的アプローチ– 移民学習者の受け入れに役立てるツールとして』
ミシェル・カンドリエ(教育におけるイノベーション.メーヌ大学,ナント教育研究センター)


 この十数年の間,欧州評議会の専門家による言語教育学及び言語教育政策に関する研究 (cf. 特に Beacco et al. 2010) は,ひとつの考え方を発展させた.それによると,新しい言語学習はみな,学習者自身が他の言語学習を通じて既に獲得した能力に基づくべきというのだ.

 この提案は,複言語能力の発達と機能に関するごく最近の心理言語学の研究 (そのまとめに次の研究を参照, cf. Herdina & Jessner 2002) に沿ったもので,同時に複数の言語を取り扱う教育・学習活動の実践を意味している.この種の活動は「多元的アプローチ」(Candelier 2008) と呼ばれるアプローチによって発展したが,まずその本質について述べて,その後に移民学習者のニーズとつき合わせて考えたい.

 学習者のニーズに関しては,最初に重要な指摘をしておく.限られたコミュニティの言語と国家の共通語で行われるバイリンガル教育は,確実に,ひとつの領土に集められた土着のマイノリティ集団にとって,考えうる,望ましい解決法となるにせよ,大多数の移民にとっては同じことは言えない.移民はたいていの場合,より散らばって居住しているばらばらのものである.このような移民についてみると,学校におけるバイリンガル教育は,具体的で財政に関わる問題は言うまでもなく,学校やクラスを「ゲットーとする」リスクを孕んでいる.

 いくつかの多元的アプローチのなかで,「言語への目覚め」は,ここ三十年来 (Hawkins 1984, Candelier (éd.) 2003) 複言語的な取り組みのなかで,学校で教えない言語を引き出す教育学的手法を発展させてきた.したがって,言語への目覚めは,移民学習者に対して,新しい言語の学習(もちろん受け入れ国の言語学習を念頭にしている)と既に身に付けている言語能力を関連づけるという原理を応用するのに適しているようだ.

それ以上に,言語への目覚めは,移民の生徒に対して,学校はそのような生徒に能力があることを認めていること,既存の知識は関心に値することを示す.これにより,その生徒が本来持っている学習能力への自信を保たせる,そうした機会を教師や学校にもたらすのである.言語への目覚めという手法は(移民の生徒とそうでない生徒を含めて)あらゆるクラスで採用されているため,同級生から見ると移民の生徒の知識には高い価値があると考えられるようになる.

 これらの目的が,はじめから,言語への目覚め活動の推進者たちによって述べられていた.彼らは移民出身の子供の学校や社会への統合に関心を示しており,そこで気にかけていたことが示されるだろう.そしてクラス活動の例をいくつか簡単に紹介していく.

 この発表の最後では,言語への目覚めに対する研究と実践について,メーヌ大学の教育のイノベーションチームで考察し,特に有力だと思われる新たな方向性について言及していく.

 受け入れ国の言語を学ぶ一般の成人移民に対しては,言語への目覚めのタイプの方法を利用することが重要である.また,文化横断型の小児精神医学 (Billiez & Moro 2011) と領域を横断する枠組みのなかで,移民の幼い子供にまつわるトラブルに対して治療や予防を狙いとした介入にこのような方法を取り入れることが重要になる.そのようなトラブルの原因は,言語や家族の歴史を伝達するなかで生じた何らかの断絶に結びついているかもしれないからである.